ジャンボ市橋〜jumbo's diary〜

ジャンボ市橋の日記。健康のこと、心のこと、旅のこと。ゆるくマイペースで。好きなことば: 「宇宙から見ればどうでもいい」「人生は、もっと曖昧で雄大で寛容なもの。」

28 みつめなおして

 

ここ2〜3年、とくに今年すごく感じること、

 

 

 

 

日本人のコミュニケーションがすごくドライになっているということ。

 

 

 

 

世界でどうなってるかは今のぼくにはわからない。

 

 

 

 

けれど、少なくとも日本ではすごく「冷たさ」を感じる。

 

 

 

 

 

ほとんどの人がそれに気づいている。

 

 

でも変えない。

 

 

 

 

世の中が便利になって、facebookやLINEのおかげで人と人が遠くはなれていてもコミュニケーションできるようになっていった。

 

 

 

 

便利な一方、「直接伝えなくていい」「情報が入りすぎる」「タイムリーでやりとりできるからこその煩わしさ」…

 

 

 

 

そんなことから自分を守るための防衛反応もあるのだろう。

 

 

 

 

 

こんなアンケートがあるらしい。

 

 

 

「自力で生きていけない人を、国や政府は助けるべきだとは思わない」という人は、

 

 

日本38%、アメリカ28%、イギリス8%、フランス8%、ドイツ7%、中国9%、インド8% 。

 

 

 

 

 

…これを知って、ぼくは特別おどろくよりも納得した。「そうだろうな…」と思った自分がいた。

 

 

 

 

 

自分が一番大事なのはわかる。

 

 

けれど、向かいあってる人も大切じゃないか。

 

隣で同じ景色をみてる人のことも大切じゃないか。

 

 

 

「今が大事!」かもしれないが、むかし一緒に汗を流した友人・仲間にも、

 

しあわせな日常を送っていてほしくはないだろうか?

 

 

 

 

 

 

本当に便利なことがいいのだろうか?

効率的なほうがいいのだろうか?

自分さえ良ければいいのだろうか?

 

 

 

 

そんな世の中、

 

 

 

 

寂しくないだろうか。

 

 

 

 

 

大切なことはきっと誰もがわかっている、

「当たり前」のことだと思う。

 

 

 

朝会ったら「おはよう」と言う。

ご飯のときは「いただきます」「ごちそうさま」を。

 

家に帰ったら「ただいま」と。

 

なんか元気ないな〜って人には「何かあったの?」

 

困ってる人がいたら「どうしたの?」

 

 

 

そして、

 

 

 

悲しませちゃったかな…ってときは「ごめんね」を。

 

うれしい気持ちになったら、「ありがとう」。

 

だれかに良いことあったら「よかったね」や「おめでとう」。

 

 

 

 

 

ぼくたちに大切なことは、みんなみんな教わってること。みんなみんな知ってること。

 

 

 

 

 

 

「当たり前」っていってること、

 

 

 

ぼくたちは当たり前にやってるだろうか?

 

 

 

 

 

 

まずはここから。

イチからやっていこう。

 

 

きっとできる。